鳥の一族と玉依姫 2 阿比良比売
前回、神武天皇妃・阿比良比売について、不可解な点を指摘しました。
彼女を祀る「国史見在社」は、阿波国板野郡 伊比良咩神社 全国一社です。
授、丹波国従四位下出雲神従四位上。従五位下阿当護神従五位上。正六位上奄我神従五位下。阿波国正六位上伊比良咩神。船尽比咩神並従五位下。
「阿比良比売」が何故「伊比良比売」なのか? 一字一音違えば別人ではないか?、と思われるでしょうが、古代において発語・第一音の「ア」と「イ」は「異音同義」。この法則は万葉集にも受け継がれ、万葉の歌を研究した仙覚律師は、その過程で各国風土記なども参照し、この事実を確認しました。
① 天竺には「阿」字を発語の詞とす。我が朝には「伊」字を発語の詞とするなり。
② 伊は発語の詞なり。
梵語には「阿」字を以って発語の詞と為し、和語には「伊」字を以って発語の詞と為す。
『萬葉集註釈』
古代史をみるとき、神名・地名の頭の「音」が「ア」と「イ」は同じ、または元が同じ、と解する必要があります。伊比良比売と同様の、分かりやすいケースとして例を挙げます。「伊賀」国という国名は、伊勢国からの分離当時、その地に坐した「吾我津比売」の名が元となっています。つまり、「吾」我津比売は「伊」我津比売、と発音されていたのです。
地名でいえば、「いつ(づ)」=「あつ(づ)」、「いつ(づ)み」=「あつ(づ)み」、「いは(わ)」=「あは(わ)」、「いは(わ)み」=「あは(わ)み」、「いた」=「あた」、「いたみ」=「あたみ」、「いき」=「あき」、等々。
また名詞でも、たとえば「漁」は、古来「イサリ」とも「アサリ」とも言われました。万葉集では「伊射里(イザリ)」や「阿佐里(アサリ)」と詠まれています。
阿比良比売 が一体どのような女性だったのか?詳しいことは定かではありません。ただし、わかること・推測できることはあります。
このブログを読み進めることで、やがて理解されると思いますが、彼女は、たとえば、後の神武天皇が偶然見初めたとか、知己を通じて知り合ったとかの縁ではなく、縁者が設定したお見合いや、または幼なじみの可能性が極めて高い女性です。
古事記には
坐日向時、娶阿多之小椅君妹、名阿比良比売
とあります。
阿多之(アタの)小椅君の近親女性である、阿比良比売(アひらひめ)は、発音では、(イタの)伊比良比売(イひらひめ)であったのです。
伊比良咩神社の鎮座地は、阿波国「板野(イタの)郡」です。
ここでは説明を省略しますが、この「イタ」「アタ」とは「潮」「海」のことです。
阿多之小椅君(あたのをばしのきみ)に関しては、『神宮雑例集』(じんぐうぞうれいしゅう)、『皇字沙汰文』(こうのじさたぶみ)等に所載される『大同本紀』逸文に、以下の命名記があります。
又、皇御孫(すめみまの)命、度相神主等の先祖・天村雲命を召して、詔りたまわく
「食国(おすくに)の水は未熟にて荒水(あらみず)に在りけり。 また神財(かむたから)、毛比(もひ)、二の物忌あり。故、御祖命(みおやのみこと)の御許(みもと)に参上りて申せ」と、詔りて、登らせ奉りき。
具(つぶさ)に由を申す時、御祖命詔りたまわく、
「雑(くさぐさ)に仕へ奉らむ政(まつりごと)は行い下して在れども、水取の政は遺(のこ)りて在り。 何れの神をか下し奉らんと思いめす間に、勇をして参上(まいのぼ)り来たる」
と、詔りて、
「天忍石(あめのおしわ)の長井の水を取り持ち下り参り、八盛りに盛りて奉れ。その遺(のこ)りは、天忍水と云い、食国の水の於(うえ)に灌(そそ)ぎ和(あえ)て、御伴に天降り仕え奉る神等八十氏の諸人にも、その水を飲しめよ」と、詔りたまわく。
神財及び玉毛比等を授けられ給い参り下りて、献(たてまつ)る時、皇御孫命詔りたまわく「何れの道よりぞ参り上りしか」と、問い給(たま)う。
「申さく。大橋は皇太神、皇御孫命の天降りますを恐(かしこ)み、後の小橋よりなも参上りし」と、申せし時、皇御孫命詔りたまわく、
「後にも恐(かしこ)み仕へまつる事ぞ」と、詔りて、天村雲命(あめのむらくものみこと)、天二登命(あめのふたのぼりのみこと)、後小橋命(のちのおばしのみこと)と云う三名を負い給いき。
『日本書紀』にみえる同一人物「吾田君小橋」については「其の火闌降命(ほのすそりのみこと)は、即ち吾田君小橋等が本祖(もとつおや)也」とあります。
「火闌降命」の別表記は「火酢芹命」(ほすせりのみこと)、古事記では「火須勢理命」(ほすせりのみこと)ですが、『日本書紀』に記される火闌降命の物語は『古事記』では、火照命(ほでりのみこと)=「海幸彦」のものとなっています。
阿比良比売は、阿多之小椅君「妹(いも)」、とありますが、古代の「妹」は現在の「いもうと」と同義ではなく、近親女性全般のことです。
※古代日本語においては妹は「いも」と呼び、年齢の上下に関係なく男性からみた同腹(はらから)の女を指した。女性から見た同胞の女は年上を「え」と呼び、年下は「おと」と呼んだ。これは男性から見た同胞の男に対する呼び名と同じである。また、恋人である女性や妻のことも妹(いも)と呼んだ。 ~Wikipedia
恋人や妻までも「妹」と呼ぶのは、古代氏族では同族の女性と結婚することが多く、血縁があったことによります。
「阿比良比売」は、「天村雲命」の血筋の女性であり、この天村雲命とは「火照命(海幸彦)」である、ということです。
この天村雲命を祀る延喜式内社「天村雲神社」もまた、阿波国にのみ鎮座するのです。
いったい何故なのでしょうか?
そして、天村雲命とはいかなる人物なのでしょうか?